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源氏物語【40】描かれぬ光源氏の末期

【40】描かれぬ光源氏の末期


今回は名前しかない「雲隠」の巻を考えます。



◆雲隠れした第四十二帖


英国の牧師ローレンス・スターン(1713-1768年)が書いた
長編小説『トリストラム・シャンディ』の中に
番号だけで本文のない章があります。

『源氏物語』の「雲隠(くもがくれ)」の巻みたいですが、
『トリストラム』は文章の代わりに大理石模様が刷られており、
最初から本文を書くつもりがなかったのは明らか。

では、巻名しか書かなかった紫式部は
どういうつもりだったのでしょう。

本文はあったが散逸した、
後まわしにしておいてそのままになった、
読者に想像させるつもりで書かなかった、などなど
昔からさまざまに考えられてきました。

『古事記』や『源氏物語』の研究で知られる
本居宣長(もとおりのりなが:1730-1801年)は
「是れ作者の微意ある事也」として、
書かないことによって読者に内容をほのめかしたのだと考えました。

だとすれば、
スターンの「いたずら」に比べ
はるかにお洒落な「しかけ」だったといえるでしょう。

前後関係から考えて、この空白の8年ほどの間に
源氏の出家と死去があったのはまちがいなく、
紫式部はそのようすを読者の想像/創造に任せたのだというのです。

ちなみに「源氏五十四帖」と呼ぶとき、
42番目にあたる「雲隠」を番外として数に入れず、
次の「匂兵部卿(におうひょうぶきょう)」を42番目としています。
この巻から物語は世代が替り、
物語は匂宮(におうのみや)と薫を軸に進んでいきます。


◆幻のあとに


「雲隠」の前の巻が「幻」というのも、なにやら暗示的です。
巻名の由来は次の歌にあります。


大空をかよふまぼろし 夢にだに見えこぬ魂(たま)の行方たづねよ


大空を翔けてゆく幻術士よ
夢にさえあらわれてこない亡き人の魂の行方を探してくれ

紫の上の一周忌が過ぎた秋十月、
夕暮れの空を飛んでいく雁を見て詠んだもの。
この場合の「幻」は、実際にはないものをあるかのように見せる
魔術師のようなものと考えられています。

またこの歌は、愛する更衣を失った桐壺帝の嘆きの歌に似ていて、
父子の運命を陰で結びつけているようにも思えます。


たづね行く幻もがな つてにても魂のありかをそこと知るべく


(更衣の魂を)探しに行く幻術士がいないものか
人づてであっても(更衣の)魂のある所を知ることができるだろうに

「幻」の巻の光源氏はまるで抜け殻のよう。
50歳を過ぎて振り返る半生を幻のように感じながら、
出家の準備をしていたのかも知れません。