【28】和歌は貴族のたしなみ
今回は貴族のコミュニケーションツール、和歌のお話です。
◆源氏物語は和歌の宝庫
百人一首がブームとなった江戸時代に
『源氏百人一首』という本が出版されました。
もちろん『源氏物語』の和歌を選んでいるのですが、
数えてみると120首以上の和歌が載せられています。
編者の黒澤翁満(おきなまろ)は
捨てるに忍びない和歌が多くて困ってしまったのでしょう。
『源氏物語』は和歌が多いことで知られ、
さまざまな場面で登場人物が和歌を詠みます。
また有名な古歌の一部を口にして(全部は言わずに)
その時どきの気持を相手に伝えたりします。
物語だからでしょうか。
いいえ、当時の貴族はごく日常的に
いわばコミュニケーションツールとして和歌を用いたのです。
特にここぞというときに気の利いた和歌が出てこないと
教養のない人だと思われてしまう恐れがありました。
をちかへりえぞ忍ばれぬほとゝぎす ほのかたらひし宿の垣根に
ほととぎすが戻ってきて逢いたさに堪えかねています
かつて立ち寄ったこの家の垣根に
ほとゝぎすこととふ声はそれなれど あなおぼつかな五月雨の空
ほととぎすが訪れて鳴く声はたしかに昔の声だけれど
五月雨の空のせいではっきりとわかりません
「花散里」の巻、
麗景殿(れいけいでん)の女御(にょうご)を訪れる途中で、
以前に一度逢ったことのある女の家に立ち寄ろうとして
源氏は惟光(これみつ)に歌を言づてます。
それに対して「おぼつかな」と返した女。
用心してとぼけたのだと、源氏は納得して立ち去ります。
普通の言葉で返したならきつい印象になってしまったでしょう。
◆巧みな歌の書き分け
紫式部は登場人物ごとに和歌を書き分けています。
恋の駆け引きに不慣れな末摘花は
意図のよくわからない歌で源氏に首をかしげさせます。
六条の御息所や紫の上はそれぞれ
品格や教養の高さ、やさしさを感じさせる歌を詠んでいます。
真情を吐露する歌などは痛切で涙を誘います。
紫式部は歌人としては一流でなかったと評されますが、
物語中の歌は見事にその人物の性格をあらわしています。
天性の物語作者だったのでしょう。
そのあたりを意識して読んでみるのも面白いですね。