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源氏物語【14】王朝の舶来品〈後〉

【14】王朝の舶来品


ブランド志向の貴族たち〈後〉


◆渤海からの毛皮

「桐壺」に源氏が鴻臚館(こうろかん)に行き、
高麗人の相人(占い師)に観相してもらうシーンがあります。
鴻臚館は今でいう迎賓館のような施設で、
外国からの使節、商人、学僧などが宿泊していました。

唐の迎賓館をまねた施設だったのですが、
遣唐使が中止されてまもなく唐の王朝は滅び、
鴻臚館を利用するのは渤海(ぼっかい)の使節ばかりになりました。


渤海国は七世紀末から十世紀初頭にかけて
朝鮮半島の北部、ロシア沿海州、
中国東北部に及ぶ地域を支配していた王国です。

渤海使が朝廷に献上したのは毛皮、人参、蜂蜜など。
日本からの返礼品は絹、綿などの繊維製品でした。


献上品のうち貴族たちが最も欲しがったのが、毛皮。
虎、豹(ひょう)、羆(ひぐま)、貂(てん)などが
人気アイテムだったようです。


毛皮で印象深いシーンは「末摘花」でしょう。
雪の降る寒い朝、源氏は故常陸宮の姫君の姿を見て
「見なきゃよかった」と後悔します。

そのときの姫の衣裳が



聴し色のわりなう上白みたる一襲
なごりなう黒き袿かさねて
表着(うはぎ)には黒貂(ふるき)の皮衣(かはぎぬ)
いときよらに香ばしきを着たまへり
ゆるし色のひどく色あせた一襲(ひとかさね)に
すっかり黒くなった袿(うちき)をかさね
上着には黒貂(くろてん)の毛皮の
とてもきれいで香を焚きしめたのを着ていらっしゃる


というものでした。

昔の由緒ある装束ではあるが、若い女性には似合わない。
とはいえ、この毛皮がなくてはさぞ寒いことだろうと、
源氏は姫君に同情します。

時代遅れの男物の毛皮、ということらしいのですが、
黒貂といえば平成の現代でさえ超高級品。
産地からいってロシアンセーブルでしょうね。



◆太宰府ルート

唐が滅び、渤海が消滅して、朝廷は外交ルートを失います。
中国はやがて宋の時代に移りますが、
商船の来航はつづいていました。

舶来品の窓口となったのは太宰府。
役人たちが交易にたずさわり、利権を手にして富を貯えていきます。

博多の鴻臚館跡などから中国産の青磁、
西アジアのガラス器、イスラム陶器などが出土しており、
多彩な交易のようすをうかがうことができます。


貴族たちは太宰府に使いを出すなどして
私費で高価な舶来品を手に入れていたようです。
毛皮人気は相変わらずで、朝廷は禁止令を出したり、
身分によって身に着けてよい毛皮を定めたりしています。



今月の☆光る☆雑学

【鸚鵡と孔雀】

唐猫(からねこ)は経典を鼠(ねずみ)から守るために
遣唐使船に載せられてきたとも伝えられます。
しかし最初から飼って楽しむために連れてこられたのが
鸚鵡(おうむ)と孔雀(くじゃく)でした。セット販売です。

その美しい姿が極楽を思わせるというわけで、
庭園に鸚鵡と孔雀を飼うのが貴族の憧れとなりました。
実際は高価すぎて、皇族や摂関家くらいしか飼えなかったそうですが。