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  源氏物語メールマガジン >> 【74】平安調味料事情

  【74】平安調味料事情
 



         今回は平安時代の調味料の話題です。

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◆意外に貧しかった調味料
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塩麹(しおこうじ)が流行語大賞の候補になるほどのブームになり、
次は醤油麹だ、いや味噌麹だ、塩ヨーグルトだと
調味料の世界はいつになく話題豊富です。

スーパーの調味料コーナーは
選ぶのに迷うほど多くの商品で埋めつくされていますが、
かつて平安京の市で売られていた調味料はほんの数種類でした。

記録のある範囲では塩、醤(ひしお)、未醤(みそ)、あめ。
醤は大豆と麦から作った麹に刻んだ野菜を漬け込んだものと考えられ、
未醤はそれよりさらに味噌に近いものだろうといわれています。
あめは甘味料ですから、お菓子などにも使ったと思われます。

またそのころ宮内省には調味料を作る部署があって、
醤、未醤のほか、くき(漢字は豆偏に「支」)という
浜納豆のようなものも作っていたそうです。
どれも大豆と麹が使われた塩からいものでした。

酸っぱいほうの調味料では、
平安初期の百科事典『和名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)』に
梅酢が載っているそうです。
また煎汁(いろり)という語もあり、これは魚の煮出し汁ではないかと。
これらはおそらく自宅で作ったのでしょう。

甘味料では砂糖が出てきませんが、
当時はきわめて希少な輸入品だったため。
一般的には甘茶蔓(あまちゃづる)から採った(と思われる)
シロップ状の甘葛(あまずら)が用いられていました。
清少納言はかき氷にこれをかけて食べたと記しています。

平安時代の調味料は以上でほぼすべて。
縄文時代からあったという魚醤(ぎょしょう)は見当たりません。
都では知られていなかったのでしょうか。

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◆味を塩梅する
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ところで、上記『和名類聚抄』が
調味料類を分類するのに「塩梅類(あんばいるい)」という
言葉を使っているところからみて、
平安初期には調味料を塩梅と呼んでいたのではないかと考えられています。

塩梅はもともと料理の味加減をいう言葉。
それが転じて物事のぐあいや加減を指すようになり、
文字も「按配」や「按排」などが用いられたりします。
さかのぼれば、塩や梅酢で味を調えることをいったのでしょう。

調味料は調理の段階で使うだけでなく、
塩、酢、醤、酒を小さい容器に入れて食卓に置き、
食べるときにも調味していました。
これを四種(しす)と呼びますが、
庶民は塩だけの一種で済ませていたようです。

味つけのバリエーションがずいぶん少なかったのですね。

そんな日本の調味料事情が一変したのは室町時代になってからでした。
万能調味料の醤油が誕生し、砂糖の輸入量が増えて、
現在の洗練された日本料理の原型ができ始めたのが、
ようやくこの頃なのです。
平安貴族が知ったらうらやましがったかも。





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