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  源氏物語メールマガジン >> 【71】平安貴族と漢詩

  【71】平安貴族と漢詩
 



       今回は源氏物語成立に影響を及ぼした大陸文化の話題です。

──────────────────────────────────
◆本を読むなら白楽天
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光源氏は須磨に蟄居する際、
持参する荷物の中に『文集』を入れさせました。
『白氏文集(はくしもんじゅう)』、
つまり白楽天(白居易)の詩文集を持っていったわけで、
愛読書だったことがうかがえます。

清少納言は『枕草子』で「書(ふみ)は文集」と
『文集』を愛読書のトップに挙げており、
紫式部は主君である中宮彰子に『文集』にある
『楽府(がふ)』を進講(身分の高い人に講義すること)していました。
『文集』は平安貴族の間では男女を問わず読まれていたのです。


『源氏物語』は漢詩の引用が多く、
その出典の大半が『白氏文集』です。
式部にとっても『文集』は座右の書だったのでしょう。


「須磨」の巻に、宰相中将(かつての頭中将)が
謹慎中の源氏を訪れる場面があります。
そこで二人が酒を酌み交わしつつ唱和したのも『文集』でした。

物語には「酔ひのかなしび 涙そそぐ春の杯のうち」と
詩の一節が書かれています。
これは白楽天が任地に赴任する途中、
左遷されていた友人に偶然出会って
旧交を温めた際に作られたものでした。
恵まれぬ境遇にある友との再会であること、
酒を飲みながら語り合うこと、
季節が春であることなど、
物語の情景は詩句の詠うところとぴったり重なります。


──────────────────────────────────
◆中国の故事からも引用
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同じ「須磨」の巻にはさらに古い時代の詩人
屈原(くつげん)も出てきます。

船旅の心細さに源氏が詠んだ歌。


───────────────────────────────
 から国に名を残しける人よりも ゆくへ知られぬ家居をやせむ ───────────────────────────────
 中国で名を残した人よりも わたしはさらに
 将来の知れない侘び住まいをすることだろう
───────────────────────────────


屈原は中国の戦国時代、楚(そ)の国の貴族でした。
有能な政治家でもありましたが、讒言(ざんげん)によって追放され、
孤愁の生活の果てに、石を抱いて
汨羅(べきら=川の名前)に身を投げたと伝えられます。


源氏の歌は大げさと言ってしまえばそれまでなのですが、
作者はおそらく絶望感を高めるために
源氏に屈原の故事を思い出させたのでしょう。



『源氏物語』は発端の「桐壺」の巻がすでに
白楽天の『長恨歌(ちょうごんか)』を生かして構成されていました。

紫式部は漢詩や故事をヒントにストーリーを書いたのか、
場面にふさわしい詩句を引用するのがうまかったのか。

物語が先か詩が先か、というわけですが、
どちらも正解というべきでしょう。
この器用さは式部のゆたかな教養のなせる技です。

平安中期の国風文化の代表のようにいわれる『源氏物語』ですが、
じつはあちらこちらに大陸文化の影響をこうむっているようです。



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