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  源氏物語メールマガジン >> 【65】お出かけはパフォーマンス

  【65】お出かけはパフォーマンス
 



     今回は天皇のお出かけ「行幸」の話題です。

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◆遊びに行くのも一大事
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「行幸(みゆき)」の巻では冷泉帝が大原野(おおはらの)に行幸します。
大原野は桓武天皇が長岡京遷都の際に
天皇の狩猟地として開発させた丘陵地帯です。
鷹狩りの大流行をうけて歴代天皇がしばしば猟を楽しんでおり、
物語中の冷泉帝行幸も鷹狩りが目的とされています。


遊びに行くといっても、そこは天皇、
儀式次第に則った、威儀を正したおごそかな
諸々の手順を踏んで出かけます。

冷泉帝の行幸はとくに盛大だったと描かれており、
親王や諸大臣から下級官人たちまでがぞろぞろと随い、
お付きの者たちは衣装はもちろん身長やイケメン具合まで揃えています。
衣装はこの日のために新調されて配られたものです。


世間の人々は一人残らず見物に集まり大路は大混雑…。
作者はそう書いていますが、庶民はそれほど暇ではありません。
人々というのは、ほとんどが物見車(ものみぐるま)を仕立てて
見物に来る余裕のある人々を指しています。


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女はくはしくも見知らぬ方の事なれど
たゞ珍しうをかしきことに競ひ出でつゝ
その人ともなくかすかなる足弱き車など
輪を押しひしがれあはれげなるもあり
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(鷹狩りは)女は詳しくは知らないことだけれど
ただめずらしく面白いと思って競うように出てきたので
名も知れていない、身分もさほどでない人の粗末な車などは
車輪を押しつぶされてみじめなようすになっているのもある


下級貴族の女性たちまでもが安っぽい車で見物に詰め掛けた、
そんな光景が目に浮かびます。
天皇一行はそれら見物がびっしり立ち並び、
興味津々の眼差しで待ち受ける中を進んでいったのです。


──────────────────────────────────
◆天皇は車に乗らない
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天皇の乗り物は輿(こし)です。
神輿(みこし)を想像していただくとよいのですが、
車輪がなく、大勢の担ぎ手が肩に載せて移動します。

車輪がないのは、間接的にではあっても
地面に接するのを避けるためと考えられています。


鳳輦(ほうれん)と呼ばれる輿は屋形の上に鳳凰がついており、
担ぎ手が12人、屋形から垂らした綱を持つ者が10人。
略式とされる葱花輦(そうかれん)は葱(ねぎ)の花の飾り付きです。
一見して鳳輦と大差ないようですが、綱取りは4人に減ります。
壁がなくて三方に御帳(みちょう)を垂らしているのは共通です。


ほかに手軽な手輿(たごし)というものがあって、
火災など緊急の場合に使うことになっていました。

ただ担ぎ手が揃うのを待っている間に手遅れになる可能性があり、
寛弘2年(1005年)の内裏炎上では
一条天皇が徒歩で避難したと伝えられています。
生命の危機にさらされれば足を地につけるしかなかったのです。




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