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  源氏物語メールマガジン >> 【42】貴族という身分

  【42】貴族という身分
 



       今回は平安時代の貴族についてのお話です。

──────────────────────────────────
◆世襲される身分
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貴族は何人いたのか、
諸説あってはっきりしないのですが、
平安時代の貴族は150人から200人ていどだったようです。
人口の0.003パーセント以下という、まさにほんの一握り。

わたしたちは400年に及んだ平安時代の
多くの貴族の名を知っているので、
つい、もっと大勢いたように感じてしまうのでしょう。

かれらはかつて大和政権を担っていた豪族の子孫たちで、
身分と収入が国家によって保証されていました。
ただ貴族の中にも上下があり、三位以上の上級貴族は《貴》、
四位・五位は《通貴》と呼ばれていました。

清涼殿の殿上(てんじょう)の間に昇れるのは三位以上。
ほかに四位、五位から特別に選ばれた者と
六位の蔵人(くろうど)が昇殿を許されており、
殿上人(てんじょうびと)と呼ばれました。
『源氏物語』に「うへ人」と書かれているのがそれです。

また父祖の位階に応じて貴族の子、孫に位階を授ける
蔭位(おんい)制度があって、21歳になれば位階が得られ、
位階相当の官職に就くことができました。
世代交代しても階級の流動が起こらないようになっていたのです。

──────────────────────────────────
◆女性の収入トップは皇后さま
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光源氏の母は更衣(こうい)の身分でした。
天皇の「きさき」ですが女御(にょうご)の下に位置づけられ、
位階は五位がふつう。四位に昇る人はまれでした。 

女御は入内(じゅだい=きさきとして宮中に入ること)すれば
従三位(じゅさんみ)が授けられ、将来皇后になる可能性があります。
しかし更衣はその資格が与えられず、更衣の生んだ皇子、皇女は、
母親がよほどの有力氏族の出身でないかぎり、
光源氏のように姓を賜って臣籍に降ることになっていたのです。

「桐壺」の巻で、帝は亡き更衣に従三位を贈ります。
たとえ追贈(ついぞう)であっても異例の措置なので、
「これにつけても憎み給ふ人々おほかり」と書かれています。

位階が高いことは高収入を意味しました。
同じ更衣でも五位より四位のほうが給料が多いのです。
女性の場合は皇后、皇太后が一位で、最も高収入でした。
そしてその地位が得られるのは、女御になれる
皇族、藤原氏、橘氏などの出身者に限られていたのです。

特権階級とはいえ貴族の中にも厳しい身分差があり、
家柄による格差も加わって、富貴な貴族から貧乏貴族まで、
実態はさまざまでした。

末摘花は宮家の姫君なので身分は高いのですが、
父親を亡くしてすっかり落ちぶれており、
没落貴族の典型のように描かれています。
後継男子のいない貴族のみじめさがよくわかります。


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