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  源氏物語メールマガジン >> 【33】豪華な天覧相撲

  【33】豪華な天覧相撲
 


     今回は平安時代の相撲の話題です。

──────────────────────────────────
◆宮廷儀式としての相撲
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紫式部にこのような和歌があります。


たづきなき旅の空なるすまひをば 雨もよにとふ人もあらじな
(紫式部集)

雨のせいですることのなくなった旅先の力士のように
手持ち無沙汰なわたしを 雨の中訪ねてくれる人はいないでしょうね


雨で相撲が延期になったので、
諸国からやってきた相撲(すまひ=力士)たちは
所在なく過しているだろうというのです。
わたしも同じように退屈しているから、
だれか来てくれないかなと。


紫式部は相撲を楽しみにしていたのかと思いますが、
観ることができなかったというのが正解のようです。

宮廷儀式である相撲節会(すまいのせちえ)は
天皇、皇太子、親王たちと参議以上の高官が観客であり、
それ以外の人は観覧が禁じられていたというのです。

「椎本(しいがもと)」の巻で薫が八の宮に
「相撲など公事(くじ)ども紛れはべるころ過ぎてさぶらはむ」と
言っていますが、このとき薫は中納言に昇進しており、
相撲を観られる身分でした。


相撲節会は古くから農村で神事として行われていた奉納相撲を
宮廷儀式に採り入れたものと考えられています。
ただ宮廷儀式となると素朴な催しというわけにいかず、
格式を重んじた豪華絢爛な儀式として発展し、
会場の設営なども次第に大掛かりになっていったようです。

場所は紫宸殿(ししんでん)南庭、
威儀を正した関係者たちが300人を超える隊列を組んで入場し、
音楽が演奏され、左右にわかれて相撲が始まります。

力士はまわしでなく褌(ふんどし)をつけ、
髷(まげ)は大銀杏(おおいちょう)でなく丁髷(ちょんまげ)です。
土俵はなく、相手を倒すか手や膝をつかせれば勝ち。

勝負がつくたびに勝った側が勝利の雄叫びを上げて舞い、
その陣営の地面に矢が立てられます。
最終的に矢の数が多かったほうが勝ちとなります。

(上記は平均的な例。場所や儀式内容は時代により変遷しています。)


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◆神と相撲の結びつき
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神前で横綱が土俵入りするのを
ニュースなどで見ることがあります。
これは相撲が神に奉納するものだったことの名残りです。

今でも実際に奉納相撲が行われている地方があり、
境内に土俵をもつ神社はめずらしくありません。

一人相撲が伝わるところでは、力士が目に見えない神と相撲をとります。
どんなに熱戦になっても最後には神が勝つことになっていて、
神を喜ばせるのが目的だったことがわかります。

喜んでもらわないと豊作にならないかも知れないので、
人間が勝つわけにいかないのです。


宮廷の相撲は天皇を喜ばすためのものですから、
豪華な儀式として行われたとはいえ、
相撲の非宗教化の始まりだったのかも知れません。




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